バインダー

 中学3年生ころの話です。私の住む登別地区は現在より世帯数も多く、1学年は3クラス100名ほどおりました(現在は約五分の一)。地区で一番大きいお祭りが毎年8月の第3週の土日にあり、その年はなぜか神輿(みこし)担ぎ手が少なく、祭りの数日前に祭典実行委員から中学校あてに担ぎ手募集の依頼がありました。3年生であれば体格も立派で十分に担ぎ手としての役目を果たすに違いないと委員会側は踏んだのでしょう。

 メンバーの選抜は各クラスの担任に任せられていたようで、担任の説明によれば、土曜日の午前10時に祭典本部に集まり神輿をかつぎ、各町内会を巡って解散、その見返りとして、まず授業の出席免除、昼食付、そして現金5千円支給、と当時としては破格の厚遇で、クラスの男子はこぞって担ぎ手を希望しました。それに対する選定方法はクラスで背丈の大きい生徒4名を選ぶといった方法で、各クラスの担任の間に事前の打ち合わせが察せられました。かくして3クラス計12人の「選者たち」は、残された男子の熱い羨望の眼差しを受け意気揚々出陣していきました。

 そのようにして出て行った彼らはなぜか、正午まえに怒り心頭の体で帰還してきました。理由はこういう事でした。神輿を担ぎ各町内会の巡行自体はかなりスムーズに進み、午前中でほぼ予定を終了したそうです。そして帰り際、「ごくろうさん」と言って実行委員から手渡された報酬は、期待の現金ではなく包装されたバインダーのみ、もちろん昼食はなし、当時の中学生にとって5千円は大金でした。

 「話が違う」。前もって聞いていた条件と現実のギャップの大きさに担ぎ手12人衆はその場で怒り荒れ、バインダーを破り捨てた者、地面にたたきつけ足で踏みにじる者、こんなものいらないと祭典実行委員に詰め寄る者など現場は大騒ぎになったとのことです。

 学校に猛り戻った神輿12人衆の詰問に、担任は事前の説明は授業免除以外はすべて推測でものを言っていたことを告白し、動乱の原因はここにあったことが判りました。

 彼らが破り踏みつけたバインダーの包装紙には「ワカキ玩具店」の印刷があったことをきき、数日前の有る光景を思い出しました。店は当時、文房具も扱っており、祭りの数日前に祭り実行委員会から商品の注文を受けていました、母は注文品のバインダーを丁寧に包装して箱につめていました。

 その数は12枚でした。それを聞き私は胸がつぶれる思いになりました。