手裏剣

 数年前のことです、議会運営委員会の視察で伊賀市(伊賀上野)に行きました。伊賀市は伊賀忍者発祥の地で、視察項目と意見交換が終わり、市内にある忍者に関する博物館を見学させていただきました。帰り際にお土産として手裏剣型キーホルダーを委員全員にくれ、私はそれをビジネスバックのポケットに入れました。
 視察を終え私たちは帰路に就き、空港のチェックインカウンターで委員の多くは手荷物を預けましたが、私は荷物を機内持ち込みにすることにしました。
 それが失敗の始まりでした。その日、保安検査場は混み合っておりようやく自分の番が来て門型ゲートをくぐる際、私の手荷物から反応が出たのです。モニターを監視していた女性検査員がやおら「金属反応あり、手裏剣があります」と叫び、男性検査員が顔色を変え、荷物内を改めさせてほしいとやってきました。私が了承すると荷物から手裏剣のキーホルダーを取り出し、これは機内に持ち込めないので、もう一度チェックインカウンターに戻り手続きをやりなおしてほしい、それを拒否すれば手裏剣は没収となることを私に言いました。直径4センチほどで透明ビニールに包装されキーストラップも付いているものです。時間が掛かってようやくここまで来て、見ればわかるキーホルダー一つで振り出しに戻る気などさらさらなく、私は「いりません、処分してください」と冷静に告げて搭乗待合室の搭乗ゲートに向かいました。
 没収された手裏剣ホルダーに未練はないものの、係員の職務に忠実である反面、余裕のない硬直したマニュアルとおりの対応に、すっきりとしない気持ちを胸中にイスに座っていると先輩委員が集まってき、「保安検査場のゲートで若木さんの声が聞こえたけど何かあったの?」と尋ねられました。冷静に対応したつもりが、皆に聞こえる位の声を出していたのかと自省しつつも手裏剣没収の一件をひとしきり話をすれば委員一同その場で笑い転げ、「手裏剣の若」などとあだ名を付けられてもかなわないと思いながら、その余韻をもって私たちは機内へと向かいました。

 それから数日後です、先輩委員の誰かでしょう。没収を気の毒に思ってくれたのか、会派室の私の机上には例の手裏剣ホルダーがひとつ静かに置かれておりました。

 先達の、そのご厚情に対し私はまだお礼を申しておりません。