Stop the one hundred 2

 新登別大橋(以下「大橋」と記述。)のパトロールを決意した私は、活動を開始しました。パトロールとは申せ、午前中の都合のつく時間に現地に向かい、駐車場に車を停め、徒歩にて橋の中央付近まで行き、上流、下流の谷底を視認してまた戻る、といった平易な巡回活動です。しかし幾多の自殺者が発生している現場であるため、活動当初は橋に歩み寄ることに若干の怯えがあったことは否定できません。
また、橋を徒歩している姿や谷底をのぞきこむ私の姿を、通行中のドライバーから奇異の目で見られたり、通りがかりの知人等が「おまえも飛ぶのではないのか」等と揶揄され、世間では私の行動が嘲笑の種にのぼっていることも感じておりました。
 しかし、一度決めたことは継続しなくてはなりません。いずれが誰かがやらなくてはならないからです。
 平成29年1月からパトロールを開始し、数か月間、飛び降り自殺はありませんでした。その間、日の出が少しずつ早くなり、冬から徐々に春に移りゆく様を連続的に知ることができました。カルルス方面から吹き降ろす北北東の、皮膚の痛点を刺激するような強風から、南西からの柔らかい風が吹くようになると季節は進みます。渓谷全体の木々が徐々に下流側から上流側へと萌芽していく様、来馬岳の残雪が少しずつ小さくなっていく様、そして小鳥がさえずり始める頃には、橋の上からは素晴らしい早春の渓谷美を一望することができます。冬、早春から初夏へ変わっていく中での毎日のパトロールは私の中では好ましい課業となっていきました。しかし平成29年5月29日、飛び降り自殺は起こりました。
その時の自らの記録を原文のまま掲載します。

『 平成29年5月29日(月)晴れ 
 9時10分自宅を出る、札内経由のルートにて幌別方面に向かう。9時14分、大橋手前付近で車内より橋手前の歩道を歩く男性を目視。中肉中背、50代後半から60代前半 白髪交じりの頭髪、濃紺もしくは黒系のスーツ、白のワイシャツ、青系ネクタイ着用、しっかりとした足取り、橋の上前半付近ですれ違う。会社役員風の男性がこの時間にいることは珍しく、何等かの視察、もしくは下見かと思う。
 9時15分、いつもの位置に駐車し橋のチェックに向かう。駐車場トイレ前には黒のホンダ小型車が駐車していた。奥には道南バスが駐車していた。男性とすれ違ったら声を掛け挨拶をしようと思いながら橋へ向かう。男性は反対側歩道に男性の後ろ姿が見え、橋の中央部付近を温泉方面に歩行している。左側の渓谷を見ながら4~5秒歩き、顔を上げたところ、男性の姿がない、かき消すように姿が見られない。しばし状況を把握するのに時間を要し、軽い眩暈と吐き気を感じる。幻覚とも思ったが、意を決し反対側の歩道、男性が消えた付近に走り、勇気を出して谷底をのぞく。120m下の岩盤の川床には特に異常は認められず、両岸には新緑が茂り地表は見えず異常が見られなかったことや、自分の中で目の前で起きた事実を認定しがたく、「やはり幻覚だったのだ」と車に戻り幌別方面に向かう。 
 運転しながらも幻覚であったか再検証する、もしそうであるなら寸刻前、大橋に差し掛かる時からすれ違うまで車内でみた明確な男性の記憶もすべて幻覚となると思い、また駐車場には黒のホンダ車が残置されていたことを思い出し、日本工学院を過ぎた付近で、大橋にもどることにする。
 9時30分大橋駐車場に到着、置かれている車は黒色のホンダフィット、函館ナンバーのれナンバー(レンタカー)、ドアはすべて施錠されているが車内を覗くと助手席のシートにはキーがあり、運転席の足元にはビジネスバッグが置かれていた。再度男性の姿が見えなくなった地点に行く。カラスが一羽離れることなく付いてくる。
 9時41分、110番通報する。今までのことを説明し、レンタカーのナンバーを知らせる。自分の名前、住所を聞かれる。10分位で頭上にヘリが飛来する。まもなくしてパトカーが次々にやってくる。警官に事情を説明する。現場付近には規制線が張られ、消防隊も到着する。警部補から再度事情聴取があり、自分の車内にて顛末を再度詳細に説明し、11時ころ解放される。

11時30分頃、大橋より200m下流にて消防隊により当該男性発見、収容 』

私が関係した大橋の飛び降り自殺についての事例は次号も引き続き公開いたします。