電話番

 私は厚生年金事業振興団の職員でしたが、平成20年、幸か不幸か、集宴会部門から病院部門(登別厚生年金病院)に転属となっておりましたので、その後の大規模リストラの対象とはなりませんでした。
 ただ、病院事業部はさらに官の傾向が強い組織で、病院事務は労働に関する様々な法規と専門知識が要求され過去の事例や根拠が重視される部門に、PCの基本操作もままならず、今までフィーリングや野性の勘で生きてきた私に出来る仕事はほとんどなく「事務能力ゼロ」の烙印を押され、数年間は電話番と患者さんの送迎が主な役割でした。
 やがて厚生年金病院は独立行政法人に移管され、新機構で私はヒラ社員に降格となりました。病院では2005(平成17)年から施行された個人情報保護法の名の下に、外部からの問い合わせに対し情報の提供が厳しくなっていました。
 ある日のこと、老年の女性から「そちらに登別東町〇丁目の□□さんという人は入院していませんか」との問い合わせがありました。要件を伺うと「私は近所に住んでいる△△という者です、最近□□さんの姿が見えないのでもしかしたら、そちらの病院に入院しているかもしれないと思い問い合わせをしました」。
 声の調子からも最近姿が見えない長年の知人を心配している気持ちが受話器から感じることができました。
この町に幼き頃から住んでいた私には登別東町〇丁目の□□宅も△△宅も自分の手のひらの筋を見るように分かり、この善意の問い合わせに「お調べしますので少々お待ちください」と言って医事課に確認すると該当する方は入院していませんでした。「登別東町〇丁目の□□さんという方は入院されておりません」と伝えると△△さんはお礼を述べられ丁寧に電話をお切りになられました。
 そのやり取りを聴いていた上司は
「なんで名前を教えたの?個人情報保護法を知らないの?何かあったらどうするの?」と矢継ぎ早に私を詰問しました。感情はよくもあしきも以心伝心。
東京から転勤してきたこの人は官吏としては優秀で言っている事はごもっとも、さらに仕事のできない私を快く思っていないことは明らかで、しかし地域のことはほとんど何も知らないし、知らぬままいずれどこかに転勤していくのであろう。
 「以後気を付けます」とこの年下の上司に言いながら、私が以後気を付ける事はこの人の前では尻尾をださぬよう留意すること。そして「地域住民の要望」には誠実に答えなければならないことを感じました。
 その考えは当時のまま今も持続しております。