先月、議会運営委員会の長から、議員防災訓練の素案を作って欲しいとの依頼がありました。登別市議会では年に1回避難訓練を行うことになっています。登別市役所から高台への避難訓練は過去に何度か行っておりネタは尽きた感もありますが、とりあえず想を練ることとしました。
話は変わります。私の所属する介護施設の隣の敷地内に古くから馬頭観世音(馬頭さん)の碑があります。ある日これが倒れて草むらに転がっていることに気づきました。起こして元の位置に鎮座させようと持ち上げようとしたものの、軟石とはいえ石の塊は相当なる重量で、一人で持ち上げることはとても叶わず、とりあえずその日はその場を立ち去りました。この登別地区は市内でも特に少子高齢化が進んでおり、石碑をなぎ倒す程のルール無用の暴れん坊や、未明に出現していた吟遊酩酊者も近年は絶え、石碑転落の原因は判らず仕舞いでした。
後日、近くでコンビニを営む先輩に声掛けをして二人で馬頭石碑の復旧作業を行い、何とか元の位置に建立することができました。裏面にある碑文はかなり風化しており「昭和二十〇年」とかろうじて読む事ができました。
数日後地主の娘さんが馬頭さん復旧のお礼と挨拶とでおいでになり、その時の話では1968年(昭和43年)5月、十勝沖地震という大きな地震があり登別地区は震度5程の揺れがあったそうです。地主によればその時に馬頭さんは倒れたらしく、それが震度のベンチマークになっているとのことでした。さらに今回石碑が倒れていた周囲の草むらはなぎ倒され、大型の獣が転がった跡があり、獣の毛が散見しそれはどうもオス鹿であることをお話しされておりました。
以上の事から、「オス鹿が何らかの理由により馬頭観世音に激突し、双方もろとも草むらに転落横転した」、と推測しても間違いはなさそうです。「馬頭さん」と「シカ」・・・馬と鹿、この絶妙なる組み合わせによって織り成された一連の出来事に苦笑しつつ、震度5は市議会議員の非常招集の基準で役所に馳せ参じなければなりません。これを構想の呼び水として議員防災訓練案を一気に書き上げました。
この先、大きな地震が来た時は、まずはお隣の馬頭さんをチェックしよう、そう考えている今日この頃です。