外靴

 小学生のころ、私は落ち着きのない生意気な子供でした。週末になれば近郊に住む親戚(いとこ)の家に泊まり込みで入り浸り、春夏秋冬 男子のいとこ2人と野山を駆け巡り、ダニだらけ雪まみれとなる日々を送っておりました。いとこ3人のうち2番目は女の子でした、名を「かおり」といたします、私より2歳年上でおとなしい子でした。
 ある冬の日の日曜日、雪原をいとこ達と駆け回り、私の長靴には大量の雪が入り、中はずぶ濡れに近い状態となり、足指は冷え当然心地よいものではありません、そこでかおりの長靴を無断で拝借し屋外活動を継続しておりました。かおりは私に自分の長靴を履かないでと懇願しましたが、彼女がおとなしいのをいいことに私はそれを無視し、人の靴を履いて遊びに興じておりました。
 困惑したかおりは事態解決のため自分の父親(私からみれば義理の伯父)にそれを告げ口しました。当時土木作業員であった義理の伯父は金剛力士像のような肉体と風貌をしており、私は伯父に呼ばれ「お前はなんでかおりの長靴をはくのよ」と凄味のある声で恫喝されました。伯父は日頃より私の言動を快く思っていないことは子供ながらに感じており、ここぞとばかりにきつく𠮟咤されたのです。その圧倒的な迫力に私はたちまち萎縮し、さらにかおりにお詫びすること、長靴を乾燥させることを命じられました。

 現在私は議員活動の合間に妻の経営している介護施設(デイサービスセンター)を日々手伝っております。施設には柴犬と金魚がおり、これらの世話も「生き物係」として私の所管です。
 ある日のこと犬の散歩に行こうとしたところ、私の外靴(C国製安物のランニング風シューズ)のつま先から底が剥がれ歩くとパクパク状態となり使用が困難となりました。いろいろ思案した結果、あることに思いつきました。下駄箱コーナーの隅に持ち主不明の男性用のランニング風シューズ(これもC国製の安物)が数年前から置き去りにされていることに着目し、ひと時これを借りて当座をしのごうと思い付いたのです。
 一時拝借のつもりが、どうせ持ち主は現れることはなかろうと高をくくって継続使用していたところ、ある時 施設長(妻)に呼び止められ、「ところであなたの履いている外靴はどこにあったものかしら?」と尋問されました、妻の目の奥に冷たい光が宿っており、本能的に危機を察知した私は小学生のころの出来事が走馬灯のように蘇りました。下手な言い訳やその場しのぎの虚言は事態を一層悪化させると感じ、ここは正直に持ち主不明の靴を使っていることを自白しました。
 一人忘れていました、オープンの頃より通所している50代の男性利用者を。この男性は靴を履き替えず靴の裏を拭いて入館する人物で、外靴は数年前から予備で置いてあったとの事でした。この利用者さんが「若木さんが俺の外靴を勝手に履いている」と複数の女性スタッフに吹聴し、そのことがやがて施設長の耳に入りこの度の一件に至ったものです。その後きつく叱責されたのは言うまでもありません。さらに本人へお詫びをすること、同様の外靴をネットで購入し新品を渡すことを命じられました。
 「私に直接言ってくれればいいものを…」との思いが脳裏をよぎりましたが、事の発端は私であり素直にこうべを垂れながら、己の所業が小学生のころと何ら変わっていないことに反省し、当たり前のことですがお人様のものを安易に拝借してろくなことはないことを、還暦を数年後に控えて今さらながらに感じた次第です。