甘美な世界

 先般あるホテルで午後に会合があり、それが終わった後にある女性と待ち合わせをしていました。会合は定刻に終わり心弾むような気持ちを押さえて私は約束した場所へ向かいました。
 待ち合わせの場所で彼女は先に待っており私を確認して軽く手を上げ、そして輝くような笑顔をみせました。彼女は私よりふた回りほど若く、かつての職場で勤務している時に知り合いました。そのひとは誰に対しても明るく優しく対応し、周囲からも評価の高い聡明できれいな女性です。20代に一度結婚したそうですが数年後離婚してからはひとり身を通し、現在企業の管理職として忙しい日々を過ごしております。
 私たちは晩秋の落ち葉の舞う夕暮れの街並みを、再会のうれしさを噛みしめるように肩を並べゆっくりと歩きました。これから行く店はビストロにしようかイタ飯にするか最近評判の寿司屋にしようかなどとりとめのない話をし、彼女の腕が私の左腕に軽く触れるのを意識しながらも気にせぬ振りをして、最近の近況を話し微笑みながら歩く彼女を横目で見て心の充実感をフルに感じていました。いつしか彼女は私の左腕のコートの袖をためらいがちにつかみ身を寄せていました。これを誰かに見られたらあらぬ噂を立てられるな、いやしかし、ここは私の住む街ではない、など自問自答をしつつ、二人の間には未だ何もありませんでしたが彼女への愛おしさはつのるばかりで、街の灯が瞬き始めた繁華街へと寄り添い歩みを進めながら、店を出た後の展開をどうするべきか思いを巡らせる、心ときめく私がいたのです。

 朝、アラームが定刻に鳴り足下で寝ていた柴犬が胴震いをして、私は現実の世界へ引き戻されました。私の場合明け方にみる夢はリアルな夢が多いのですが、この夢の世界は設定も登場人物もほとんど現実に即しており、覚醒時の「妄想」に近いものでした。違うのは一点、現実の「彼女」は私に何の興味も示さないことだけです。自分には潜在的にこのような願望があるのかと今更ながら感じたと同時に、夢で見たような日が現実に来てほしいような、来たらどうしようかなどと微妙なる心境でおります。