港町の寿司屋

 先般、福井県に住む古くからの友人が、札幌に来るというので数十年ぶりに遭うことになりました。積る話もあり時間はあっと言う間に過ぎましたが、その中で小樽の寿司屋の話となりました。彼いわく一年前に親族一同で北海道旅行をして小樽市のある寿司屋を予約したそうです、予約の際カウンター席をお願いしたはずだったのに当日はボックス席に案内され、カウンターへの移動を申し出るもカウンターは地元の予約席だと断られたそうです。因みに彼ら一行が入店中はカウンターはずっと空いたままだったそうです。さらにお勘定は結構な額を請求されたとの事で、憤懣やるせない表情でした。
 話は関連します。所属する団体の会合が3月25日、小樽市の商工会議所で行われ、夜に懇親会が組まれておりました。私はそれに参加せず小樽の街を一人散策することにしました。数年前に同僚と昼に入ったことのある寿司屋に行こうと思っていたのです、こじんまりとした店構えで夫婦二人切り盛りしている店でした。その時の感じが良かったので店の名刺をずっと財布の中に入れていました。今宵はその店でゆっくり酒と肴でもつまもうと楽しみにしていたのです。
 のれんをくぐり「一人ですがいいですか?」と声を掛けると女将が何故か軽く「カクッ」とした仕草をしました。店内の壁には日本語、英語、中国語、韓国語のメニューが張られ、席に座りビールを注文しましたが、すぐにラミネートのメニュー表を出されました、おすすめの「本日のお任せ握り」を早く注文してくれと言わんばかりで、刺身をつまんで長居など出来ぬ雰囲気です。寸刻して予約していたとみられる香港人の中年夫妻が入ってきて、その後に台湾人の若いカップルが入店しました。70代後半の店主は英語で注文を伺い説明などしています。客が注文している内容からこの店の対象とする客層は外国人の比較的裕福な観光客であることが伺い知れ、寿司は旨かったものの何か白けた思いで店を後にしました。冷えた港町の風に吹かれながら前に来た時とは随分印象と対応が違うことを考えると、前回訪れたのはコロナ禍まっさかりのいわば外国人は入国できない「鎖国状態」の時で観光客が少ない閑散期で店は暇だったのです。
 冴えぬ思いで団体の懇親会会場の様子を覗きに行けば宴は佳境真っ盛りの状態で、会場内に引きずり込まれ思わぬ歓待を受け、グラスに注がれた冷えたビールと共に、いささかながら先ほどの溜飲を下げることができました。

 ホテルに戻り私は寿司屋の名刺を静かに捨てました。