小学校の同級生に「りょうやん」とのあだ名の男の子がおりました。りょうやんには軽度の知的な遅れがありましたが、都合により普通学級に入っておりました。
小学生低学年の男の子は残酷な所があります。特に私の場合「野獣の名残り」的な面がありました。カエルの口に爆竹を詰め込み爆死させたり、猫を川に放り込んでみたり、クラスの女子を帰り道に待ち伏せ持ち物を強奪したり、そのような弱いものへの残虐行為は当時の私の心を満たすものであったのです。
私にとって、小太りでおっとりした言動のりょうやんは格好の標的でした。「ライダーキック」と称して飛び蹴りを浴びせたり、服に泥を掛けたりと度重なる所業にりょうやんは私の姿をみると怯え、担任がいる時はその傍を離れることはありませんでした。
ある日の午後、校内で私は階段の最上部でたたずんでいるりょうやんを後ろから突き飛ばしました。背後から不意打ちを受けたりょうやんは階段を転げ落ち、痛い痛いと大声で泣き騒ぎ周囲は騒然となりました。予想を超える騒ぎとなった私は狼狽し、隣にいた日頃からおとなしい「かわばたくん」に反射的にその罪をなすりつけようとしたのです。もちろん彼は冤罪を全否定しました。
騒ぎに駆け付けた担任教師は誰がやったんだと犯人を捜し始めました。やがて一部始終を見ていた女子の一部から「若木くんが突き飛ばしました」と証言があり「またお前か」と担任に詰問された私は己の罪状を認めざるを得ませんでした。
幸いりょうやんにケガはありませんでしたが、その危険極まりない行為について担任から激しい𠮟責を受け、私は教室の最前列に呼ばれ公開処刑的往復ビンタを受けました。小学校4年生の時です。
りょうやんの母親はたびたび学校に来て担任に相談しているようでしたが、相談の原因のひとつには私の行為があったことは想像にかたくありません。
当時の私はクワガタムシの採集に異常なる熱意を燃やし、40サイズ程のアクリルケース内に腐葉土を入れ飼育していました。ケースの傍らに横臥して虫の動きを観察するのが楽しみでした。確か50匹を数える位の時です。
8月の夏休み期間のある日、いつものようにケース内を眺めておりましたがその瞬間は電撃的に訪れました。蝟集して蠢く虫の群れに突如として得も言われぬ気持ち悪さと、過酷な過密状態への罪深さを感じたのです。私は窓からケースを逆さまにして採集した虫をすべて放棄し、クワガタ採集はそれを機に完全に終わりを告げました。
ほぼ同時期にりょうやんへの攻撃も収束したと思います。登校時に彼を見送る時や、彼がいじめられて帰ってきたときの母親や家族の心境はどうであったろう、どんなに胸を痛めたことか・・・
「今までおれは何と罪深いことをしていたんだ」誰にともつかぬ深い懺悔の念が胸中に芽生え、その後大人たちに「この子は変わった」と言われることが幾たびかあり、やがてりょうやんは私の家に遊びにくるようになりました。
今思えば小学4年生8月のその時が「けものの末裔」から「真人間」となった心のメタモルフォーゼの時であったと感じている次第です。